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『盲導犬の物語〜アイメイトは対等なパートナー〜』 は、アイメイト後援会員で、「アイメイト・サポートカレンダー」の撮影をしているフォトジャーナリストの内村コースケが、『WAN』(緑書房)で2015年7月号より連載中のアイメイトを中心とした盲導犬事情を解説する連載記事です。視覚障害者の方が紙媒体の記事を直接読むのは困難だという事情を考慮し、緑書房様の了承を得て、随時こちらにも同様の内容を掲載しております。

※レイアウトは本ブログ独自のものです。
※雑誌掲載時と記事の内容が細部で異なる場合があります。
※記事・写真の無断転載は固くお断りします。


第3回【アイメイトの一生】

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5つのステージで異なる家族と過ごす

 初めから宣伝で恐縮ですが、アイメイトのチャリティグッズに『アイメイト・サポートカレンダー』があります。2010年版から続いていて、2016年版が販売中です。制作費を除いた売上は、「(公財)アイメイト協会」に寄付されます。私はこのカレンダーの写真と各月の解説文、巻末の解説記事の制作を担当させていただいています。テーマは「アイメイトの一生」。12ヶ月分の写真と解説文により、「繁殖」「飼育」「訓練・歩行指導」「現役」「リタイア」という5つのステージと、「アイメイトには向かない道」を紹介しています。

 それぞれのステージでは、各奉仕者(ボランティア)、協会の歩行指導員、使用者と、犬の「主人」が変わります。そのため、アイメイト協会という「実家」から巣立ったアイメイトは、それぞれの家族と良好な関係を築いていく必要があるのです。これが、環境の変化に比較的柔軟で、幅広いコミュニケーション能力が高いとされるラブラドール・レトリーバーが、アイメイトの犬種に選ばれている理由の一つです。

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子犬時代を支える「繁殖奉仕」「飼育奉仕

 アイメイト候補犬を産む母犬と父犬は「繁殖犬」と呼ばれています。協会が特に素質の優れた犬たちを繁殖犬に選び、適切な繁殖計画に基いて交配することで、アイメイトの血統が守られています。

 繁殖犬は、オス・メスそれぞれ別々の「繁殖奉仕」家庭で預かっています。ふだんは一般的な家庭犬と同じように過ごし、交配、出産に備えます。一度に生まれる子犬は数頭から十数頭。母犬を預かる繁殖奉仕者は、出産と生後2ヶ月までの子犬たちの世話をサポートします。

 子犬は繁殖奉仕家庭にいる間、母犬・兄弟姉妹と仲良く過ごし、犬同士のコミュニケーションを自然に学んでいきます。奉仕家庭の環境によっては、庭で元気に駆けまわる子犬たちの姿も見られます。犬同士の社会で適度な距離感を保つ能力も、アイメイトにとっては不可欠な要素です。

 生後2ヶ月が過ぎると、子犬たちは1頭ずつ別々に「飼育奉仕」というボランティア家庭に引き継がれます。ここで過ごす約1年間は、やんちゃ盛りの時期です。預かる奉仕者は大変ですが、その半面、一番活発な時期をともに過ごせるのは役得だと考える人も多いようです。できるだけまっさらな状態で後の訓練に入りたいという考えから、この時期には特別なしつけをせず、のびのびと過ごさせるよう、アイメイト協会では指導しています。

 ある飼育奉仕の方は、ペットロスになっていた時に、「絶対に死に別れがない犬がいるよ」と、心配したご家族にアイメイトの飼育奉仕を勧められたと私に話してくれました。一方、1年での「生き別れ」は、とても辛いという声も聞かれます。それだけに、各奉仕家庭は、精一杯の愛情を候補犬に注いでいます。

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「訓練」「歩行指導」を経てアイメイトに

 アイメイト協会では、現場スタッフを犬の「訓練士」ではなく、「歩行指導員」と呼んでいます。アイメイトの育成において、犬の訓練はとても重要な要素ですが、協会の目的は視覚障害者の自立支援であり、その本分は人間教育であるという考え方から、人に対するアイメイト歩行の指導に重点を置いた呼び名を用いているのです。

 成犬になった候補犬たちは、飼育奉仕家庭から「実家」であるアイメイト協会に戻り、担当の歩行指導員と1対1でアイメイトしての訓練を受けます。「スィット(お座り)」「ダウン(伏せ)」「ウエイト(待て)」などの基礎訓練に始まり、実際に町に出てハーネスをつけて「ゴー」「ストレート」「ライト」「レフト」などの指示に従って歩いたり、路上の障害物を自発的に避ける訓練が行われます。

 訓練を終えると、いよいよアイメイトを希望する視覚障害者に実際に引き渡され、歩行指導が行われます。人と犬のマッチングは、体格や歩く速さ、性格などを見て協会が決めます。歩行指導は協会の施設に泊まりこむ合宿方式で4週間行われます。2頭目、3頭目のベテラン使用者も、アイメイト初心者と同じ扱いを受け、一からパートナーとの信頼関係を育みます。どんなにアイメイト歩行に慣れていても、犬にはそれぞれ個性があり、それを尊重しなければ安全なアイメイト歩行はできません。そのため、新しい犬を迎える際には、誰もが一から歩行指導を受けるのです。ここが、自動車の運転免許などとは異なります。

 歩行指導の最後には、2回の卒業試験に相当するものがあります。一つは、東京のJR吉祥寺駅から電車に乗って銀座へ行き、決められたコースを歩く伝統の「銀座歩行テスト」。さらにその翌日に、「幻のコース」と呼ばれる非公開のコースをぶっつけ本番で歩く最終テストがあります。これをクリアすれば「卒業」となり、そのままアイメイトと共に帰宅することができます。

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家庭犬としては申し分のない「不適格犬」

 訓練期間中に、アイメイトには向かないと判断される犬もいます。これらの犬は「不適格犬」と呼ばれ、視覚障害者にマッチングされることなくボランティアに引き渡され、家庭犬として一生を送ります。「盲導犬になれる犬は一握り」という誤解が一部にあるようですが、少なくともアイメイト協会では、7割から8割程度がアイメイトになっています。残りの2〜3割が不適格犬ということになります。

 その理由はさまざまですが、「乗り物酔いしやすい」「他の犬や動物への関心がやや強い」など、家庭犬としては大きな問題にならないようなものがほとんどです。視覚障害者と常に行動を共にし、命を預かるアイメイトだからこそ、基準は相当に厳しいと言えるでしょう。私が実際に会った不適格犬はいずれも、家庭犬としては申し分のない、いわゆる「いい子」ばかりです。

 「不適格犬」の呼び名は、20年ほど前から使われていますが、よく「存在を否定するようでかわいそうだ」という意見が寄せられるといいます。アイメイト協会ではこれについて、「犬には愛情と誠意を持って接するということが大前提にあります。あくまでも視覚障害者の目となるアイメイトとしては不適格であることと、個体の犬自体を否定することとはまったく違います」とコメントしています。安易な言葉の言い換えは、物事の本質をぼやけさせる側面もあるのではないでしょうか?

 現役のアイメイトの活躍については、別の回で詳しく書かせていただこうと思いますが、 アイメイトは、一般的には7〜10歳くらいまで使用者のもとで働きます。引退後は、「リタイア犬奉仕」のボランティアに引き渡されて老後を過ごします。経験豊富なリタイア犬は、とても穏やかで優しい犬ばかりです。私が会ったリタイア犬たちは、奉仕家庭の小さなお子さんたちとも、とても仲の良い様子を見せてくれました。引退してもなお、人に無償の愛を注いでくれるアイメイトは、まさに天使のような存在だと私は思います。
 
「繁殖奉仕」「飼育奉仕」「リタイア犬奉仕」「不適格犬奉仕」にご興味がある方は、アイメイト事業を支援するボランティア団体『アイメイト後援会』のHPをご覧ください。

『2016アイメイト・サポートカレンダー』は、以下のサイトにて注文ができます。
『アイメイトサポートグッズ・オンラインショップ』

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『盲導犬の物語〜アイメイトは対等なパートナー〜』 は、アイメイト後援会員で、「アイメイト・サポートカレンダー」の撮影をしているフォトジャーナリストの内村コースケが、『WAN』(緑書房)で2015年7月号より連載中のアイメイトを中心とした盲導犬事情を解説する連載記事です。視覚障害者の方が紙媒体の記事を直接読むのは困難だという事情を考慮し、緑書房様の了承を得て、随時こちらにも同様の内容を掲載しております。

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【第2回】初の国産盲導犬使用者、河相洌さんに聞く

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(左)現役当時のチャンピイと、河相さん・玲子夫人(右)河相さんご夫妻(2012年6月)

失明を知らされても「どこかに出口はある」

第一回でも触れましたが、今につながる日本の盲導犬の歴史は、第二次世界大戦後間もなく、現在の「(公財)アイメイト協会」の創設者、故・塩屋賢一の手によって始まります。賢一は、終戦後すぐに手に入れたメスのジャーマン・シェパード『アスター』やその子の『バルド』、『ナナ』と目隠しをして生活しながら、盲導犬の育成法を完成させます。そして、1957年に初めて実際に視覚障害者のパートナーとして社会に巣立ったのが、『チャンピイ』(G・シェパード、♂)です。

その使用者の河相洌(きよし)さんは、外交官だった父の赴任先のカナダ・バンクーバーで生まれ、戦前・戦中は中国大陸で過ごしました。戦後、慶応義塾大学に進学しましたが、戦時中の重労働や心労がたたり、在学中に視力を完全に失ってしまいました。

「医者から見えなくなることを知らされた時、『これで自分の人生はおしまいだ』なんていうふうには全然思わなかった。『どこかに出口はある』と僕は考えた。落ち込む暇などなかったんですよ」と、現在87歳の河相さんは語ります。

治療に専念するために大学を中退していた河相さんでしたが、その「出口」を大学教育に求め、復学を決意。当時は視覚障害者が大学で学ぶという先例や社会通念はほとんどありませんでした。それでも、粘り強く交渉した結果、理解ある教授の後押しも得られ、文学部哲学科への復学を勝ち取たのです。

「読むこと、書くことは点字があり、このごろは様々な機器が発明され、ある程度解消されてきています。盲人にとって一番やっかいな問題は歩行です。当時は『杖一本で歩く』という方法しかなく、江戸時代と変わらなかったのです」

河相さんは次に、「歩行の自由」を得ることに自立の活路を見出しました。その手段として熱望したのが、子供の頃から海外で活躍していることを知っていて、憧れていた盲導犬だったのです。そのことを、父の河相達夫さんがあるパーティーで愛犬家の米軍大佐に話したところ、「この子を盲導犬にしたらどうか」と譲り受けた子犬が、ショーのチャンピオン犬の血筋を持つ『チャンピイ』でした。

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1957年当時の塩屋賢一(左)と河相さん、チャンピイ


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1957年夏、塩屋賢一(左端)の歩行指導を受ける河相さんとチャンピイ

「さようなら、チャンピイ。河相さんを頼んだぞ」

河相さんは、日本で一人だけ盲導犬を育てることができる人物がいるという噂を頼りに、塩屋賢一に面会。チャンピイの訓練を依頼します。そして、大学を卒業し、盲学校の教師になった1956年、1歳のチャンピイを賢一に預けました。当時の河相さんの赴任先は滋賀県彦根市。賢一は、東京・練馬で家庭犬の訓練所を営んでいました。その業務と併行して賢一はチャンピイと寝食を共にし、一年間かけて盲導犬としての訓練を施しました。

「その当時、学校の仕事が忙しくてなかなか東京の実家に帰れず、チャンピイにも会えませんでした。翌年の夏休みに訓練を終えたチャンピイに久しぶりに会うと、とにかく素晴らしい、こちらの命令一つによって完璧に動く犬になっていました」と 、河相さんは述懐します。そして、夏休みの帰省を利用して今度は河相さん自身がチャンピイと共に歩くための歩行指導を受け、1957年8月、「国産盲導犬第一号」のペアが誕生しました。

チャンピイと共に彦根に戻った河相さんは、毎日チャンピイと自宅から15分ほど歩いて学校に通いました。教壇にも一緒に並び、チャンピイはたちまち子どもたちの人気者になります。「杖一本で歩くのとは全くが違いました。『この子がいる限りは自分は大丈夫だ』という安心感があるのです。だから、歩くことが非常に楽しくなり、それまでのように外出が苦痛でなくなりました。チャンピイが来てからは、歩行がむしろ快適になったくらいでした」

河相さんは当初、チャンピイとの歩行や日々の生活の中で困ったことや疑問点があるとメモをして『チャンピイ通信』としてまとめ、賢一に送りました。それを見た賢一は、しばらくしてこっそり彦根に様子を見に行きます。通学路の木の影に隠れて待っていると、やがて二人がやってきました。チャンピイは育ての親がすぐそばにいることに気づきましたが、チラッと賢一の顔を見ただけでまっすぐ前を向いて歩き続けました。その姿を見て、賢一はチャンピイが独り立ちしたことを確信し、「さようなら、チャンピイ。河相さんを頼んだぞ」とつぶやいたといいます。

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滋賀県彦根市の盲学校で教壇に立つ河相さんとチャンピイ

河相さんと歩んだ4頭の犬たち

町をさっそうと歩き、盲学校の教壇に立つ河相さんとチャンピイの様子は、「日本初」とあって、新聞や雑誌の取材も多く受けました。賢一も二人の成功に力を得て、2頭目、3頭目と次々と盲導犬を世に送り出して行きました。

河相さんはその後、チャンピイとともに静岡県浜松市の盲学校へ転勤。チャンピイは12歳でフィラリアで亡くなる直前まで河相さんのパートナーとして活躍しました。その後、河相さんはチャンピイの子『ローザ』とペアを組みます。「盲導犬」が「アイメイト」となり、犬種がラブラドール・レトリーバーに切り替わった後も、『セリッサ』、『ロイド』と歩きました。河相さんにとって最後のアイメイトとなった『ロイド』は、2年前、引退したアイメイトを預かるリタイア犬奉仕家庭で16歳8ヶ月の長寿をまっとうしました。河相さんご自身は現在、奥様と2人、浜松市内の老人養護施設で暮らしています。

河相さんは今、歴代のパートナーについて、次のように語ります。

「二代目のローザは、チャンピイとプランダーという盲導犬の間の子です。プランダーというのはちょっと落ち着きのない犬で、僕はあまり買っていなかったのだけど、塩屋さんがチャンピイのお嫁さんに選びました。その子のローザは、盲導犬としての能力はチャンピイよりは落ちたかもしれませんが、仕事もできて、性格的には非常に可愛らしい犬でしたね」

「セリッサは、黒のラブラドール・レトリーバー。シェパードは盲導犬として非常に優秀でしたが、訓練する側に高い能力が求められる面もありました。そのため、盲導犬の普及と相まって、1970年代までに平均的に能力が高く性格も温和なラブに切り替わっていきました。僕の見方からすれば、ラブはシェパードに比べて遊び癖があるのですが、その当時から盲導犬と電車やバスに乗れるようになったこともあり、セリッサは4頭の中で一番仕事をしてくれました」

「ロイドは僕が職を退いて71歳の時に来た犬。体が大きく、頭が良くて穏やかな性格でした。四頭の中で一番のんき者というか、ちょっとしたことでは動じないワンちゃんでしたね。アイメイトとして非常に良い性格だったと思います」

そして、チャンピイについては次のように思いを語ります。

「みんなぞれぞれ個性がありますが、総合的な盲導犬としての能力を比べてみれば、やはりチャンピイが頭一つ抜けています。一言で言えば忠実。同時に、判断力、大胆さといった点でもチャンピイは群を抜いていた。自分で判断してこれと思ったら大胆に行動できる犬でしたし、忍耐力も高かった。もちろん、塩屋さんの訓練の成果なのですが、チャンピイのもともとの性格も大きかったと思います。その点で、日本の盲導犬の歴史にとって、チャンピイから始まったというのは大きな弾みになったと思います」

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国産盲導犬第一号ペアが巣立った1957年から半世紀後の2007年、再会した塩屋賢一(左)と河相さん、『ロイド』

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現役の歩行指導員の訪問を受け、当時のことや現在のアイメイト育成事業に対する思いを語る河相さん(2015年9月)

※WAN(緑書房) 2015年9月号掲載

盲導犬とこの連載について
●盲導犬は「盲人を導く賢い犬」ではなく、「視覚障害者との対等なパートナー」である
●日本には11の独立した盲導犬育成団体があり、それぞれ育成方針や盲導犬歩行の定義が異なる
●「アイメイト」は、(公財)アイメイト協会出身の盲導犬の独自の呼称。この連載はおもにアイメイトに絞って話を進める


内村コースケ
フォトジャーナリスト。新聞記者・同カメラマンを経てフリーに。「犬」や「動物と人間の絆」をメインテーマに、取材・撮影を行い、なかでも「アイメイト」の物語は重要なライフワーク

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※雑誌掲載時と記事の内容が細部で異なる場合があります。
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【第1回】 盲導犬について知っておいてほしいこと

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「盲導犬」は「盲人を導く犬」ではない

皆さんは「盲導犬」という言葉にどういうイメージを抱くでしょうか?字面をそのまま捉えれば、「盲人を導く犬」ということになります。世間一般の認識は、それに当たらずといえども遠からずだと思います。“日本の盲導犬の父”、故・塩屋賢一はこう言っています。
 
「『盲導犬』という言い方は、どうも違っている。利口な犬が盲人を導いているという印象を与えがちだが、そうではない」
 
実際の歩行では、広い意味で“何も見えていない”人を賢い犬が誘導しているわけではありません。使用者である視覚障害者は、行きたい場所までの道順を事前に覚え、頭の中に描いた地図をもとに、犬に「ゴー(出発)」「ストレート(直進)」「ライト(右)「レフト(左)」「ブリッジ(階段を探せ)」といった指示を与えて目的地まで歩きます。その際、犬は障害物を避けたり、道の分岐や段差で止まるなどして歩行をサポートします。急な車の飛び出しがあった時などには、指示に背いてでも止まったり後ずさりする自発的な判断も要求されます。

だから、犬が主体となって人を導いているわけでも、人の命令に犬がロボットのように絶対服従しているのでもないのです。両者は「対等なパートナー」だと言えます。この点から、塩屋賢一は『アイメイト』という呼称を生み出しました。「EYE・目・愛、I・私」「MATE=仲間」を組み合わせた「対等なパートナー」を表す造語です。

日本には11の盲導犬育成団体がありますが、塩屋賢一直系の『(公財)アイメイト協会』は、協会出身の犬を「アイメイト」と呼んでいます(他は一般名詞・固有名詞の区別なく「盲導犬」)。ちなみに、英語で「盲導犬」に相当する呼称は「Guide Dog」ですが、アメリカで突出した実績を誇る『The Seeing Eye inc』は、塩屋賢一と同様の考えから、自らが育成した犬たちを『Seeing Eye Dog』と、誇りを込めて呼んでいます。他にも『Leader Dog』といった固有の呼び名があります。
 
こうした事情を踏まえ、この連載でもアイメイト協会出身の犬を『アイメイト』と呼び、その他の育成団体出身の犬と一般名詞に「盲導犬」を用いることとします。

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「アイメイト」と「盲導犬」の違い

 もう一つの大きな誤解は、「盲導犬は皆同じような能力を持っている」というものでしょう。前述の通り、現在、国内だけでも11の育成団体がありますが、「北海道」「関西」「九州」など地域名を冠した団体が多いので、『日本盲導犬協会』のもとに全国各地に地域支部があるのだと誤解している方も結構多いです。実際は、それぞれ独立した別の団体で、歴史、実績、犬の育成法なども異なります。実は、先に書いた「対等なパートナーとしての歩行」も、正確に言えば「盲導犬歩行」ではなく、アイメイトに限った場合の「アイメイト歩行」の説明になります。

たとえば、「ストレート」「ライト」「ブリッジ」などの指示にも、団体によって言葉そのものや意味が違う場合もあります。そうしたディテールの違いだけなら、門外漢の私たちが特に気にすることではないかも知れません。あるいは、言葉だけならどうとでも言えるような理念の違いも、こだわるポイントではないかも知れませんね。でも、「盲導犬歩行の定義が違う」としたらどうでしょう?

 『アイメイト協会』では、「全盲者が晴眼者の同行や白杖の併用なしで犬とだけで単独歩行できる」のがアイメイト歩行だとしています。犬の訓練やアイメイト歩行を希望する人への歩行指導も、それを目指して行い、その条件を満たしたと判断されたペアだけが社会に巣立ちます。一方、他団体では『アイメイト協会』では認めていない「白杖との併用」「全盲ではない視覚障害者の使用」を認めていたり、原則として目が見えている人の同行が必要だったり、歩くことのできる場所に限りがある場合もあります。

これらの違いは、主に盲導犬の歩行の解釈の違いによるものですが、「結果的にそうなっている」といったあいまいなものもあるようです。何が正しく、何が間違っているとは言えません。犬が人間の素晴らしいパートナーでることには変わりはありません。だから、私は単純な優劣をつけたくはありません。しかし、各団体によって「違う」ことは確かですし、その違いは恐らくは事情をよく知らない人が思っているよりもずっと大きいと私は考えています。ですので、一般名詞として盲導犬を一括りに語ると、事実を見誤ることになってしまいます。そのため、この連載では盲導犬を語るというよりは、基本的に『アイメイト』を語る形を取らせていただきたいと思います。

 前述のような日本の不安定な盲導犬事情を鑑み、視覚障害者の歩行の自由度という意味では、「どこへ行っても犬とだけで単独歩行ができる」アイメイト歩行が、最も質が高いと私は考えます。また、それが世界標準だと考えるのが、客観的に妥当だと思います。だから、矛盾を孕んだ言い方ですが、私は意識的に「アイメイト」を選んでこの国の盲導犬事情を取材してきました。

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 塩屋賢一とアスター

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     盲導犬の訓練法を確立するため、目隠しをして町を歩く塩屋賢一

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      国産盲導犬第1号のペアとなった河相洌(かわい・きよし)さんとチャンピイ

戦後すぐに動き出した日本の盲導犬の歴史

今につながる日本の盲導犬の歴史は案外古く、その最初の一歩は終戦直後に遡ります。塩屋賢一は海軍から復員してすぐにメスのジャーマン・シェパード、『アスター』を手に入れ、後にこのアスターやその子の『バルド』『ナナ』と共に独学で盲導犬の育成法を編み出します。賢一は、子供の頃から大の犬好きで、終戦後に念願叶って家庭犬の訓練所を開き、おもに米軍将校ら金持ちの犬を訓練しました。そして、「もっと世の中の役に立つ事をしたい」と、併行して独自に盲導犬訓練の研究を重ねたのです。まだ日本では盲導犬そのものがほとんど知られていない時代。使用を希望する人が出てくるかどうかも分からない中で、自ら目隠しをして生活をし、アスターらと街に出ては体当たりで盲導犬の訓練法や定義を確立していきました。

それから約10年後、噂を聞いて賢一を頼ってきたのが、当時慶応大学の学生だった河相洌(きよし)さんでした。戦時中の重労働がたたって失明し、なんとか愛犬の『チャンピイ』(G.シェパード)を盲導犬にして欲しいと頼んで来たのです。河相さんの父はオーストラリア公使も務めた外交官で、自身もカナダ生まれ、中国大陸育ちの今で言う帰国子女でした。そうした生い立ちから、アメリカやヨーロッパで既に活躍していた盲導犬の存在を子供の頃から知っていたのです。もともと犬が好きだということもあって、失明後、自立を考えた際に、ぜひチャンピイと共に歩きたいと思ったのも自然な成り行きだったのかも知れません。

チャンピイと河相さんは、塩屋賢一の元で訓練・歩行指導を受け、1957年に「国産盲導犬第一号」(この時はまだ『アイメイト』という呼称は生まれていません)ペアとなります。次号は、そこに至る過程と、河相さんとチャンピイの話をもう少し詳しく掘り下げていきたいと思います。

※『WAN』(緑書房)2015年7月号掲載

盲導犬とこの連載について
●盲導犬は「盲人を導く賢い犬」ではなく、「視覚障害者との対等なパートナー」である
●日本には11の独立した盲導犬育成団体があり、それぞれ育成方針や盲導犬歩行の定義が異なる
●「アイメイト」は、(公財)アイメイト協会出身の盲導犬の独自の呼称。この連載はおもにアイメイトに絞って話を進める


内村コースケ/フォトジャーナリスト。新聞記者・同カメラマンを経てフリーに。「犬」や「動物と人間の絆」をメインテーマに、取材・撮影を行い、なかでも「アイメイト」の物語は重要なライフワーク

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毎年恒例のアイメイト協会主催のイベント『アイメイト・デー』が10月18日、東京都内のホールで開かれました。アイメイト事業の支援者の皆様、アイメイト使用者、協会スタッフなどが一同に会する一大イベントです。アイメイト後援会も、会場案内や受付、グッズ販売などで参加致しました。

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『アイメイト・デー』のメインは、使用者をはじめとする方々のスピーチです。今年は、使用者、繁殖奉仕者、飼育奉仕者、リタイア犬奉仕者、歩行指導員を目指す協会の研修生と、後援会員が登壇しました。

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アイメイトは、アイメイト協会という“実家”を中心に、成長段階に応じて使用者と各奉仕者に支えられて一生を過ごします。どの段階でも、皆さんが精一杯の愛情を犬に捧げます。それは素晴らしいことですし、たくさんの愛を一身に受け、与えるアイメイトは、とても幸せ者だと言えるでしょう。

私たちアイメイト後援会が毎年出している『アイメイト・サポートカレンダー』は、それぞれのステージの「愛情」をテーマにした写真で構成しています。

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同じ1頭の犬と過ごした人たちの中には、それぞれ、「うちの子」「私のパートナー」と特別な思いを寄せている方も多いようです。それを否定することは誰にもできません。しかし、アイメイトは、アイメイト協会という“実家”を持つ、公的な存在でもあります。「うちの子」「私のアイメイト」という愛情が、アイメイトや候補犬、リタイア犬、不適格犬を個人の「所有物」にしたい、当然そうあるべきだという思いにすり替わってしまう例も残念ながら一部であるようです。誰かがそれをしてしまうと、協会、使用者、奉仕者、ひいては社会全体によって「みんなで支えてきた」アイメイトのあり方が一気に崩れてしまう恐れがあります。

日本で最も長い歴史を持つ盲導犬育成団体であるアイメイト協会と関係者は、ずっと不文律やルールを守ってバランスを保ってきました。例えば、「自分の手を離れた犬の行方を追ってはいけない」「犬の体力などを考えて引退を決め、後を奉仕者に託す」というものです。これに対する理解不足が最近目立っているとも聞きます。不文律がもっと強制力の強い「ルール」になるのは、あまり好ましいことではないのではないでしょうか?

とはいえ、愛情をもらい、注いできた犬が今どこでどうしているか、気になるのは当然です。だから、アイメイト協会では、「アイメイト・デー」のように、それぞれの立場の人の話を直接聞いて、広くアイメイトについて理解し、納得・安心する機会をしっかり設けているのだと、私たちは考えています。その犬がどういう所で育ってきたのか、どういう考えのもとで訓練されたのか、どんな方の目になっているのか、引退後はどういうふうに過ごしているのか・・・。それをお互いに広く知り、それぞれの立場の人たちが個人同士のつながりではなく、全体として信頼し合うことが、アイメイト事業のバランスを保っているのです。アイメイトは公の存在であり、個人の所有物であってはならない。そのことを、私たちアイメイト後援会としても肝に命じたいものです。

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アイメイト後援会が販売する『アイメイト・サポートグッズ』では、奉仕者や使用者自身がデザイン・制作したグッズも扱っております。実際のリタイア犬をモチーフにした『リタイア犬ファニーの手ぬぐい』もその一つです。

『アイメイト・サポートグッズ』の収益はアイメイト協会に寄付され、アイメイトの育成に役立てられます。

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# by eymategoods | 2015-10-21 13:47 | イベント
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2010年版から毎年制作している『アイメイト・サポートカレンダー』の2016年版が完成しました!10/1より、アイメイトサポートグッズ・オンラインショップで販売中です。こちらでは、特別に未使用カットとともに、中身を全てお見せします。(カレンダー撮影担当:内村コースケ

 今年の表紙は、昨年に続き雪景色がバックですが、今年は、例年の生まれたばかりの子犬たちではなく、「飼育奉仕」の時期の少し成長した一頭の幼犬がモデルです。

この写真は、1月の別カットです。実は、撮影したのは東京あたりではもう桜の開花の声も聞こえ始めた3月のこと。でも、ロケ地の長野県・蓼科は全国でも最も寒い地域の一つで、記録的な大雪となった今年はまだまだ真冬並みの雪景色が見られました。今年も例年同様、都内の積雪の機会を待っていたのですが、タイミングが合わず、僕が生活の拠点を置いている蓼科の山荘の近くまで飼育奉仕家庭の皆さんに来ていただき、「シーズン最後の雪景色」をバックに撮影しました。

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この時には、下の2枚のようなシーンも撮りました。カレンダーの撮影では、大抵はこのように3、4シーンほど撮って、制作スタッフと相談しながら使用カットを選びます。

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表紙の候補には、下の写真もありました。これは、お願いして撮影したのではなく、まったくの偶然の産物です。僕が自分の犬を連れて行った動物病院に、たまたま以前に何度も撮影をお願いしていた飼育奉仕の方が、巣立つ前の子犬たちのワクチン接種に来ていたのです。車の中で待機させながら一頭ずつせっせと接種しては戻す、という合間に撮らせてもらいました。

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最終的に飼育犬の写真を採用した決め手は、背景の山のさわやかさと、風でなびいた「耳」でしょうか?時にはパターンを少しだけ破りたくなるものです。

そして、動物病院で偶然会った子犬たちは、その後ご自宅にお邪魔して、庭で遊ぶ様子を5月と9月に採用させてもらいました。

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2月の「水仙」は、東京都内の公園で撮影しました。モデルの女の子も犬も、元気いっぱいですね。「若さ」や「さわやかさ」がうまく写真に収まったでしょうか?

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3月は、今回初めて伺った繁殖奉仕家庭で生まれた子犬たちです。ブラックとイエローの犬を同時に撮るのは技術的に難しいのですが、色違いの兄弟姉妹が一緒にいる姿を見るのはやはり楽しいですね。母犬と一緒のカットも撮りました。

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桜の風景は毎年撮るのですが、今年は好天に恵まれました。ロケ地は東京・谷中。以前住んでいた大好きな町なので、撮影も楽しかったです。早めに現地入りし、桜の咲き具合などを見ながらロケハンしました。リタイア犬と桜はベストマッチングですね。

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6月は歩行指導員による訓練風景です。アイメイトの訓練は犬の安全と健康に十分に気をつけながら、雨の日にも行います。現役のアイメイトは、悪天候でも外出しなければならない時もあるからです。そういった事実を踏まえて、数年前から「雨の日の訓練風景」を撮りたいと思っていました。しかし、天気は直前にならないと分からないもので、今年も雨の日にたまたま訓練場所の近くにいて駆けつけたものの、着いた時には止んでいました。でも、あきらめて帰ろうとした時、ポツポツと「恵みの雨」が!そのワンチャンスにかけて撮ったのがこの写真です。

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夏のシーン撮影で、今年は一路熱海へ!今までも海辺での撮影はありましたが、いずれも都内。「きれいな海」は今回が初めてです。使用者ご夫妻の「温泉付きリゾートマンション」にもお招きいただき、湯船に浸かりながら熱海の夜景を楽しませていただきました。さらに地元の人しか知らない海鮮・・・この先はヒミツです。

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8月は都内某所のヒマワリ畑で、オスの繁殖犬と不適格犬のペアを撮影しました。奉仕家庭の方との触れ合いの様子と迷ったのですが、全体のバランスも考えて犬の表情をメインにとらえたこの写真が選ばれました。

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毎年の『アイメイト・サポートカレンダー』で最初に撮影するのは、紅葉です。10月発売開始の後、すぐに次の年の撮影が始まります。今年の紅葉は日光のヒミツの湖で、画家・カヌーイストの上杉一道さんと不適格犬のマービーのカヌーに乗せてもらいました。上杉さんは、アイメイトサポートグッズのミニレターのイラストも描いています。

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11月には、大雨にもかかわらず、七五三を迎えたリタイア犬奉仕家族の子どもたちが撮影に協力してくれました。

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一年の締めくくりは、ちょっと珍しいバンドのライブ風景です。アイメイト使用者には、以前に本カレンダーで紹介した落語家や音楽家、スポーツマンなどさまざまな趣味・特技を持つ人がいます。使用者の「目」となるアイメイトは、常に行動を共にします。

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『アイメイト・サポートカレンダー』の売上は、アイメイト協会に寄付され、アイメイトの育成に役立てられます。また、写真などを通じて視覚障害者やアイメイトへの理解を深めていただくことも、大きな目的です。その一助として、毎年巻末にアイメイトに関する話題を扱った特集記事を掲載しています。今年は、初の国産盲導犬使用者、河相洌(きよし)さんのインタビューを掲載しました。87歳の今もお元気な河相さんご自身による、共に歩んだ4頭のアイメイトのお話です。

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